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2000/12/10

Viva! Seoul:その4

ブログに移行する前のwebサイトにのせていたソウル旅行記です。2000年のことなので今更情報も古いですが、せっかくなのでブログに移してしまいます。

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やっとソウル上陸 - 1日目

ようやくここで韓国入国。長々とおつきあいいただいて申し訳ない。この調子で進んで行きますので、読み進められる方は覚悟なさって下さいな。

入国審査官の操るキーボードは、当然ハングル入りのキーボード。1つも質問無しの無愛想さは、致し方ないか。荷物を受け取って、施設内の銀行で5万円ほどウォンに両替。いくつか並んだ銀行の窓口の向こう側から、行員さんがこちらに向かって手招きしている。うひゃー、銀行の客引きって初めて見たよ。

ツアーのバッチをつけて外に出ると、万国共通の風景。「○○様」と書いた紙を掲げたガイドさんたちが並んでいる。スリムで目元の涼しい、髪の長い女性が近づいてきた。「雀坊(仮名)さま?」

私たちの他には、女性2人が2組。ガイドさんの後をついてワンボックスカーのある場所まで移動。外は当たり前ながらハングル語の嵐である。耳に入る言葉も全く意味をなさない。

空港からホテルのあるソウル市街地までは車で40分ほどだそうだが、全くものすごい渋滞にはまる。みんな車線変更が強引、いや運転そのものがかなり激しい。絶対、ここではハンドルは握れないよ。ちなみに韓国は右側通行、車は左ハンドルである。国産車がほとんどで、オーストラリアとは対照的に、車はかなりピカピカのものが多い気がする。「韓国には地模様くんがいないねー」。やっぱりここでは運転できないってことか。

目元涼しげな美人のガイドさんは金(キム)さんというお名前。何でも韓国ではキムという姓の族(?)が6種類くらいあるのだそーで、以前は同族同士の結婚は法律で認められなかったのだそうだ。今はそうでもないらしいが、法はそうでも親戚からの反対は結構多いらしい。また、日本では結婚すると女性は男性の姓を名乗るのが大部分だが、韓国では姓は変わらないらしい。だから、男女2人でいても、その2人が夫婦かどうかを見分ける手段に「姓」はならない。また、子供が産まれると、その子供は父親の姓を名乗るので、家族内で母親だけが姓が違うということになるらしい。

飛行機から見下ろして「何か日本と家の感じが違うなー」と思った原因もわかった。理由は韓国の暖房システムだ。「オンドル」といって、床下暖房が基本なんだよね。そして、そういう家は例外なく煉瓦で建てられている。上空から見ると、その煉瓦が印象を変えていたんだね。

このガイドさん、他国のガイドさんのようにオプションツアーをしつこく勧めることもなく、とってもよい感じ。現地代理店は、コーロン高速観光という会社。帰りのガイドさんも美人でとっても感じのよい人だったから、次の(え、次?)ツアーを選ぶ基準の1つになるかもね。

このツアーには5000ウォン分の地下鉄パス(1日有効券)がついていたのだが、ソウル市内なら600ウォンで何処へでも行けてしまうのに、1日で5000ウォンは絶対に使い切れない。ということで、キャッシュで渡してくれた。夫婦に10000ウォン。なんだかこういうのって嬉しい。

さて、ホテルロッテに到着。バスに同乗の女性たちもみんなホテルロッテにご宿泊らしい。ガイドさんがチェックインしてくれて、ここで解散。私たちの部屋は新館の17階。部屋は鐘路(チョンノ)方面を向いた部屋。オフィス街なので、高層ビルが立ち並んでいる。そのビルの合間から、山が見える。既に冠雪してるみたい。寒い訳よねぇ。

ここでアクシデント発生。スーツケースをひろげようとした(だ)の腰に電気が走ったのだ。腰は(だ)のウィークポイントである。「大丈夫」とは言うけれど、時折痛そうな表情が浮かぶ。うーん、マズイ。やっぱり、荷物はそれぞれ別にしなくちゃマズかったよね。

0401.jpg
予想以上にホテル到着の時間が遅かったので、当初の予定の、東大門市場(トムデムン・シジャン)の「のみの市」を見て歩くのはやめにした。東大門へは夕飯を食べてから行くことにして、まずは明洞(ミョンドン)を歩いて回ることにした。毎日毎日、穴があくほどガイドブックやらサイトやらを眺めていた私のことであるからして、ある程度は地図を見なくてもわかってしまうところがコワイ。まずはホテル近くの地下街に入り込み、中古カメラ屋さんを物色。

(だ)のソウル旅行のお目当ての1つに、この中古カメラ屋さんを見て回ることがあったのだ。いきなり3軒も出現したお店に、(だ)の目が輝いている。惜しむらくは、値札がついていないこと。この後も、いろんな地下街に行くたびに中古カメラ屋さんを見つけるのだが(思ってたより多かったよねー)、どこも店構えは似たような感じ。(だ)が言うには、「これは日本じゃ手に入らないなー」というものは結構あったらしい。値段もたぶん日本の3分の1位?ただ、自分がどうしても欲しいと思っているものは、見て回ったお店にはなかったようだ。

この地下街に多いのはレザーショップと眼鏡屋さんだった。どこもほとんど日本語で張り紙がしてある。何故か高島礼子の写真が飾ってあったし。来たのか、ここへ。まー、そんなこんなで日本人観光客が如何に多いかが伺えるところだが、意外と日本語は耳に入ってこないのだ。ソウルのビジネスマンが急ぎ足で階段を駆け上ったりする姿が多い。

そうそう、ソウルは車優先の社会らしくて、交通量の多い道路を横断するのには地下道が一般的なようだ。地上と地下に現在地を示す地図が必ずあって、ソウルっ子さえもそれを確認しながら自分の出る場所を確認したりしている。地下道のない場所は横断歩道があるが、信号があれば問題はない。(点滅しだすのが早いけど)信号のない横断歩道を渡るのには「コツ」がいるんだと気づいたのは、ソウル3日目になってからだった。

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