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2000/12/10

Viva! Seoul:その2

ブログに移行する前のwebサイトにのせていたソウル旅行記です。2000年のことなので今更情報も古いですが、せっかくなのでブログに移してしまいます。

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既に胃袋は準備万端 - 0日目

出発当日の(も?)厨房担当は(だ)である。留守にする前に冷蔵庫を空にする術に長けている(だ)は今回もその能力をいかんなく発揮してくれて、お昼ゴハンを食べ終わった時には、冷蔵庫の中はほとんど空になっていた。帰国後最初の食事をどうするかなんてことは、考えてはいけない。後は野となれ山となれ、なんだからさ。

午前中のうちに母と(だ)とでお墓参りも済ませガンガン洗濯もして、お昼ゴハンを食べると、午後は何にもすることがなくなってしまった。午後3時になってタクシーが迎えに来てくれたので、最寄りのリムジンバス乗り場まで移動。10数分待って、到着したリムジンバスに乗り込んだ。

昔このバスを利用した時は、利用者も少なくガラガラの状態だったのだが、そのときは違っていた。「大雑把だけど心配性」の(だ)は「席がなかったらどうしよう?」とか心配していたのだが、私は以前の経験から「だーいじょうぶだって。ガラガラだよ、絶対。」と自信を持っていた。ところがどっこい、時が移れば状況は変わるもので、ガラガラのはずのバスは、20数名の客を乗せて「それなりに盛況」の状態だった。

バスに乗って数分、(だ)が一言「お腹空いた」とのたまった。ああ、それは言ってはいけない約束・・・その言葉を聞いた途端にお腹が空いてしまう相棒を持っていることを、まさか忘れた訳ではないでしょうに。バスは成田空港までノンストップである。水分も食べ物も途中で補給することはできないのだ。ああ、ひもじいよう。早く成田に着かないかなー。成田に着いたら、すぐに夕飯だ!

しかし日曜日の夕方、道路はそれなりに渋滞している。それは覚悟の上でリムジンを選んだ私たち夫婦ではあるが、高速のインターにつくまで40分とは。もちろん、高速もそれなりに渋滞している。それなら寝るしかない・・・ハズだったのだが、「昼間寝ちゃうと、夜眠れない」私のことを思って、心優しき(だ)が、睡眠モードに入る私を揺り起こすのだ。「ダメ!」くー、鬼に見えるよ・・・じゃあ何か食べ物をくれー。でなきゃ寝かせてくれー。

途中、競馬場ではジャパンカップの名残か、まだ人々が残り、オーロラビジョンにはレースの模様が映されていた。バスが進むにつれて見えてきた赤地に黄色で「M」と書いた看板が恨めしい。千駄ヶ谷の手前に「外苑」が見えた時は、石焼きピピンパブの味を思い出して生唾が出たぞ。その先に見えた国立競技場の上空には、集まったファンの熱気で湯気(?)がたっていた。千葉に入ったあたりから道が空いてきたので、バスの運転手さんってば飛ばす飛ばす。しかしこれも後で考えてみれば、ソウルの運転手さんに比べれば全然上品だったけど。


いやー、成田までは遠い遠い。ようやく到着したのが午後6時30分。やはり3時間コースであった。迷わず空港の建物に入り、食堂街へ直行。並ぶのはまっぴらゴメンだったので、空いているイタリアン系?レストランへ。窓際の席で飛行機などを眺めつつ(ホントはそんな余裕はなく、がっついたのだけど)お食事。言うまでもなく、あっという間に食べ終わった。

0201.jpg
左:(ゆ)エアポート御膳/右:(だ)洋風懐石膳
私の方が量が多く見えるけど、それは気のせいです

0202.jpg
あ、そうそう。話がそれますが、今回の旅行では「雀坊家全食事」の画像をお届けします。結果的には全食事は達成できなかったんだけどね、残念ながら。

「モノの割には高い食事」も終わりお腹がいっぱいになったので、次は寝床の確保である。空港からホテルのシャトルバスで5分ほどの場所である。バス停を探すのだが、それらしいものが全然見あたらない。交通整理のおじさんに聞いて、3Fと1Fを間違えてうろうろしていたことに気づいた。くー、既にバスの発車時刻。大急ぎで1Fに降りた私たちの横を緑色のバスがブィーと走り去るのだった。

気を取り直して30分後のバスに乗ってホテル着。ははん、30分くらいじゃ動じなくなってますよ、今日の私たちは。1日中、待ちが仕事みたいなもんだったからね。

たいしてすることもなく、ASAYANを見て11時前には就寝。長い1日もやっとおしまい。

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