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2017/09/15

「ベルギー奇想の系譜 ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで」Bunkamuraザ・ミュージアム

Bunkamuraザ・ミュージアムで「ベルギー奇想の系譜 ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで」を見て来ました。個人的に今年楽しみにしてた美術展ベスト5内に入るもので、怪我がなければ待ち切れずに最初の開催地である宇都宮まで行っていたハズ。今回は大人しくザ・ミュージアムで見て来ました。

大満足ではあったのですが、帰宅後に図録を見て椅子からずり落ちました…。特にお目当でお気に入りだったクノップフ、作品の繊細さから致し方ないことではあるのですが、3会場のうち1カ所でしか出品されないものばかりだったのです。ならば先に言って欲しかったよー。最終会場が東京では、もうどうしようもできないではないか。

2017090901.jpg

構成は以下の通り。
1. 15-17世紀のフランドル美術|ボスの世界|ブリューゲルの世界|ルーベンスの世界|
2. 19世紀末から20世紀初頭のベルギー象徴派、表現主義|ロップスの世界|ベルギー象徴派|アンソールの世界|
3. 20世紀のシュルレアリスムから現代まで|マグリットとデルヴォー|ヤン・ファーブルと現代美術|

「xxの系譜」というタイトルの象徴派絵画が絡む美術展を見るのはこれで3回目なのですが、今回はヒエロニムス・ボスから始まるベルギー美術というくくり。ベルギーという土地のもつ歴史と言語・文化を背景に作られてきた作品たち。

会場に入ると最初に出迎えてくれたのはヤン・ファーブル「フランダースの戦士(絶望の戦士)」(国立国際美術館所蔵)。長い耳を持つ頭部が玉虫色の昆虫で覆われた、甲冑姿の戦士。ヤン・ファーブルはダンス的には振付家でありパフォーマーだけど、美術やコマーシャリズムの世界では「振付師」って言うのよね(彼に限らず)。その言葉の違いに、いつもモヤっとする。

そして展示会場の中を見ると「…混んでる。。。」第1章に並ぶボスやブリューゲル、ルーベンスはサイズも小さく描きこみが密なので、みんな1枚ずつじっくり見るのですよね。だからみっしり行列になっていました。行列で絵を見るの嫌いなので、第1章はほとんど人の背中越しに見ました。行列になると、もう見ていない絵の前に陣取ったまま次の絵の前が空くのを待つケースが多くなるのがね…。そしてザ・ギャラリーの展示はそう言う「滞留」がすごく起きやすくて苦手。スペース的な制限のせいなのでしょうが、もう少し工夫していただきたい…。

それはさておき。
メインビジュアルのボス工房「トゥヌグダルスの幻視」がそうであるように、この時代の”奇想”はキリスト教の影響下にありますよね。説話的な題材に登場する想像力豊かに造形された魔物たちは、今見るとクスッと笑って「きもかわいい」と言いたくなるけれど、当時の人たちには説得力のある説話であったのではないかと。

ボスが人気だったことで彼のフォロワーによって、奇想と風刺の精神が受け継がれていくわけですが、これらを見ているうちに冒頭のヤン・ファーブルの昆虫ヘッドを思い出します。あの戦士もボスの時代の絵画、と言うかベルギー美術の流れを強烈に意識した作品だったのだなと。

ブリューゲル父の版画も、ボスからの流れで見ると今まで何も知らずに見ていたのとは違って見えます。「バベルの塔」展は見そびれたけれど(10/15まで国立国際美術館に巡回中)タラ夫版画「大きな魚は小さな魚を食う」もありました。「聖アントニウスの誘惑」なんて象徴派の腕の見せ所みたいな題材もブリューゲルにかかるとこうなるのかー、と言う楽しさもあり。

”奇想”くくりでルーベンスの版画が出てくるのは唐突な気もするけれど、後世への影響の大きさを考えれば外すことはできないのでしょうし、宗教的な題材を改めて意識することにも。

ボリューム的にも見ごたえとしても、第1章がメインだろうと思います。私には18世紀末からの第2章がメインだったのですが、そこには18-19世紀という空白期間があります。この空白期間の長さ=ベルギーを取り巻く混乱の長さ、ということなのでしょう。


第2章ではまとまって見る機会の少ないフェリシアン・ロップスとフェルナン・クノップフが並びます。ロップス「舞踏会の死神」は大きな油画。闇に浮かぶガウン姿の骸骨が踊り、闇の中からそれを見つめる影が浮かび。「聖アントニウスの誘惑」はロップスの絵も。版画もそうだったけど、キリスト教的主題を借りつつ、まるでそれをあざ笑うかのようなアイロニーてんこ盛り。「毒麦の種を蒔くサタン」はミレーを参照しているのも可笑しい。

クノップフはパステル画と彩色写真。個人蔵の「顔を覆うマルグリット」と「もう、けっして」の繊細な描写には震えました…。むしろその後の彩色写真の方が絵のように見えるのは何故なのでしょうね。全部見たかったなぁ。この手の保存に気を使う作品は、現地に行けば見られるというものでもないから余計に。

しかし収穫はこの後に待っていたのでした。ベルギーから来てたジャン・デルヴィルの2点のドラマティックさ、ウィリアム・ドグーヴ・ド・ヌンクの神秘的な夜景、ヴァレリウス・ド・サードレールの静謐な雪景。これはブリューゲルを思い出させる景色でありながら、人間が全く描かれていないことで見える世界と言いますか。ここまで数点並んでいた「人のいない絵」を総括するような絵になっていました。スピリアールトの個人蔵の絵も、それに連なる神秘的な深い闇。不思議な魔物の姿はないけれど、この闇のどこかに潜んでいるのかも。

アンソールになると、描かれる骸骨はユーモラスでどこか第1章の世界に繋がっているように思えるけれど、描いているのは宗教的な魔物ではなく、人間の中に住む魔物なんですよね。愛らしい骸骨と柔らかい色彩に笑ってはしまうけれど。


第3章は20世紀以降。この展示に関していえば、”奇想”という意味では第2章より第3章の方が、第1章から繋がっている気がします。デルヴォーさんはスケッチがとても印象に残っています。彼の油画は感情を絵の具で塗り込めてしまったような不思議な静謐さがあるけれど、スケッチはそれが露わになっているようで。それでいて緻密なのがデルヴォーさん。マグリットが1点をのぞいて全部国内所蔵品だったのにも驚きました。

レオ・コーペルス「ティンパニー」は演奏風景のヴィデオが流れていて「実際に見たいよねー」と話していたのだけど、実は金・土の18:30〜と19:30〜、作動しているのだそう。あと2時間遅く行くべきでした(笑)。

興味を惹かれるのは立体造形物より絵の方で、ティエリー・ド・コルディエ、リュック・タイマンス、ミヒャエル・ボレマンスは他の作品も色々と見てみたいなと。良い出会いとなりました。ヤン・ファーブルのツノを持つ金ピカの男たちも、他の作品とまとめて見たいな。トマス・ルルイの皮肉な彫刻も。


ということでとても楽しみました。結論としては、ベルギー行きたい。

コメント

非公開コメント

No title

これ、行きそびれました。
あーあ、やっぱりあったのですね、アンソール…。

Re: No title

ぱくちーさん。
はい、アンソール10点くらい並んでて、いいスペースになっていましたよ。
姫路市美のものを中心に国内の美術館が所蔵しているものプラス海外の個人から3点。
国内のは見る機会がありますけど、数が揃うとまた違う見方ができますものね。
あと1ヶ所くらい巡回があったらよかったのに、と思いますね。。
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