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2014/03/17

「印象派を超えて - 点描の画家たち ゴッホ、スーラからモンドリアンまで」

昨年東京で見られなかった「印象派を超えて - 点描の画家たち ゴッホ、スーラからモンドリアンまで」を愛知県美で見てきました。昨年秋の東京を皮切りに、広島、名古屋と巡回。駅直結の国立新美術館で見るのも悪くはないのですが、愛知県美で見る愉しみは、質の高い展示と充実した鑑賞ガイド、そして企画に関連させた常設展示があること。今回も十二分に堪能しました。


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構成は以下の通り。
1. 印象派の筆触
2. スーラとシニャック - 分割主義の誕生と展開
3. ゴッホと分割主義
4. ベルギーとオランダの分割主義
5. モンドリアン - 究極の帰結


クレラー=ミュラー美術館の所蔵品をメインに、分割主義を文脈に印象派からモンドリアンまで。今回のような 一つの文脈で美術の流れを見た展示は、今まで見えていなかったものがドンっと目の前に現れる知的快感があるので大好物です。今回興味深かったのは最後にモンドリアンを持ってきたところ。点描と抽象画?って思っていたけれど「色彩」というキーワードで見れば唐突という事もなく、そこに流れが見える。モンドリアンが今までとは違って見えました。

絵の具は多色を混ぜると色が濁る……だから、純粋な単色をキャンバスに置いていくことで色彩のヴァリエーションを表現するという手法。近くで見ると補色も使って様々な色が点々と、少し離れて見ると点々と打たれた小さな色の個性は1つの集合体としての色に。そしてまた近づくと……。鑑賞している人がみんな近寄ったり離れたり、それはそれは人の動きの多い展示室でした。そして、何故か点描っぽさの薄い絵の前は人がいないという(笑)。


で。
スーラもシニャックもすっ飛ばしてしまいますが、私がこの美術展で鷲掴みにされたのはヤン・トーロップでした。第4章のベルギーとオランダの分割主義のところは全体に好みだったのですが、中でもトーロップは上手いし迫力あるし超好みの作品もあるし、強力な磁場となっておりました。脱出できないかと思ったよー。

出品リストをwebで見た時からトーロップが目当てではあったのですが、正直トーロップっていったらこういうのとかこういうのを描く人という程度の知識しかなかったので、分割主義の文脈にどう関わるかという事は考えもしなかったのですね。実際には象徴主義の時代はそう長くもなかったようで、知らなくてゴメンナサイだったのですが。

この人ホントに上手いのねー。誰に限らず点描で描かれた絵に対しては、今まで「点で描く」という技法そのものや選ばれた色のチョイスに感心することはあっても、絵そのものの素晴らしさに目がいかなかった未熟者のワタクシなのですが、トーロップのは技法に関係なく絵画そのもののパワーに圧倒されてしまいました。その上で上手いとしみじみ感心する。「」とか「版画愛好家(アーヒディウス・テンメルマン博士)」とか、点の打ち方も色もテーマも構図も、他とはレベルが違って見えました。チョークやパステルを用いた素描「豆を刈る人」の筆致も「」のモザイク調表現も力強い(リンク先のクレラー=ミュラー美術館サイトの画像は、色が綺麗に出ていなくて残念…)。

オルガンの音色」と「憂愁」は象徴主義に分類されるものかと思うけれど、これが圧巻でした。画像や印刷物では伝わらない。だから、この2点を見られただけでも行った価値がありました。

「オルガンの音色」は、厚紙にチョークと鉛筆で描かれた作品。え、鉛筆?と説明の板を二度見して、絵を改めてじっくり見ると、黒い建物の影に鉛筆で窓やら何やら書き込まれているのです。宗教的モチーフや音楽、独自の美意識がたまりません。好き過ぎて何度見に戻ったことやら。最初に書いた通り、幸い「点描」以外の絵の前は空いていたので、心ゆくまで堪能してきたのですが。この絵、欲しいなー。

「憂愁」の方は水彩と鉛筆。実物は画像より暗いトーンで覆われています。水彩で彩色したあとに、質感を加える為に鉛筆で書き込みをしているのです。様々な技法を柔軟に取り入れた人だったのですね。これらに限らず鉛筆で効果をつける絵をいろいろ残しているそうなので、それはちゃんと実物を見たいなあ、と。
とにかく、びっくりしましたトーロップ。今回最大の収穫。


このトーロップを含めた第4章のベルギーとオランダの分割主義は、上にも書きましたが全体的に好みで、鑑賞する喜びに満たされました。テオ・ファン・レイセルベルヘ、アンリ・ヴァン・ド・ヴェルド(ゴッホ的な素描が気に入った)、ヨハン・トルン・プリッカー(「十字架の傍らで(チューリップの聖母)」と「花嫁」の並びが堪らん!)、ヤン・スライテルス……。私には今まで馴染みのなかった人たちばかりですが、ここでぐっとお近づきに。少しお勉強してみようかな、という気になっているところです。


美術展全体の話に戻りますと、当たり前 と言われてしまう事でしょうが、点描という括りの中でも色ののせ方、点の打ち方にそれぞれ個性が見られて面白かったです。やはりスーラは別格で、色の柔らかさ、点そのものと配置の美しさは比類がありません。そして、絵の一部として額縁まで描いてしまうこだわり。その額縁状の色の帯も、場所によって巧みに色分けされているのには舌を巻いてしまいました。

あと、この人は素描が凄いですね。展示されていたのはコンテクレヨンによるもの2点とインクによる点描(!)というものだったのですが、目の粗い紙にコンテクレヨンで描く事で紙の特性を利用した味わい深さ。インク点描はまるで版画のようでもあり。いずれも影と光との描かれ方が見事でした。


そういう意味では展示されていた素描/下絵はどれも凄かったんですよね。例えばゴッホの素描は彼の油画の筆運びと同じように線で構成されていて、単色だけれどゴッホには色が見えていたに違いないと思える。

シニャックの「ダイニングルーム 作品152」は、以前見たカイユボットを連想させます。これ、もの凄い迫力でした。個々の点を目立たない様に打っている(ように見える)スーラとは対照的に、シニャックの点は、存在を声高に主張するような点。点は点線に変化して、その点線を縦横に使い分けることで絵に変化をつけたり。(フジタがシニャック風に、と描いたものを思い出してしまい、ニヤけました)

モンドリアンは「コンポジション」のヴァリエーションだけでなく、風景画なども見られたのはよかったです。正直、トーロップとオランダ/ベルギーの分割主義のところですっかり満腹になってしまい、モンドリアンを味わい尽くすところまではいかなかったのが情けないお話ですけれど。
本当に面白い美術展で、ハシゴするのはもったいない展示でした。どうしても旅に絡ませるとツメコミ鑑賞になってしまうのですよねぇ……会期が長くないので難しいとは思うけれど、もう一度じっくり見に行きたいくらい。


常設の方にもさーっと触れておきます。
ここへ来たら、まずはクリムト「人生は戦いなり」にご挨拶。この絵を独り占めできる贅沢に味をしめているのも、愛知県美に行きたくなる大きな理由です。木村定三コレクションは「江戸絵画の点描」。この懐の深さが、愛知県美の素晴らしいところ。今回のAPMoA Project, ARCHは楽しかったです。久保智史さん。ある意味分割主義的。画布だけでなくベニヤやガラスなどに描かれていたりしてそそられます。無邪気に楽しんでしまいました。

「国吉康雄と藤田嗣治」。国吉はアメリカで、藤田はフランスで、それぞれ同じ時代に活躍した二人の作品が並んでいました。国吉のことは何も知らなかったのですが、絵は見たことあったわ。私のようなぼんやりした人間でもそう思い出せる位に個性的。しかしながらこの時点ではあまり興味が持てず、もっぱら藤田ばかり見ていました。寄託作品の「猫を抱く少女」がたまらん。「猫を抱く」っつーか、猫を掴む?子供らしい無造作な残酷さで猫のしっぽと頭をくいっと掴んだ少女。


お買い物は図録とポストカード。図録の表紙はスーラとゴッホが選べて、ちょっと悩んでゴッホを選択。オリジナルグッズはかなり充実していました。あ、そうそう、あと愛知県美のオリジナルグッズから、クリムト「人生は戦いなり」から抜き出したモチーフの風呂敷と、愛知県美/メナード美共同企画のバスソルトを購入。風呂敷はクリムト展の時から行く度悩んでいて、今回ようやく(笑)。バスソルトには両館のコレクションから耐水ポストカードがついてました♪これ、シリーズ化するみたいなので(次はクリムトという話)また買いたいです。バスソルト(ビューネ)は早速遠征中に使用。

なお、愛知県美では会期中「水玉割引」(水玉のものを見せると100円引き、だったかな)を実施中。私はサイトにある割引引換券をプリントして持っていったのですが、水玉も楽しいよね。


印象派を超えて - 点描の画家たち ゴッホ、スーラからモンドリアンまで
2014/02/25-04/06 愛知県美術館
10:00-18:00(金曜日は20:00まで)
3/03と3/17は休館

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