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2013/07/15

「ミュシャ展 パリの夢 モラヴィアの祈り」新潟県立万代島美術館

新潟に移動しましてミュシャ展です。これも東京で行き損ねていたのですが、新潟で見て正解だと思いました。確かに交通費と宿泊代は余計に掛かっているのですが、会期始めからずっと混雑していたという東京と比べれば人は少なく(人が減る時間帯を狙っては行きましたけど)快適に見られましたもの。客筋も比較的よかったし。

構成は以下の通り。
第1章: チェコ人 ミュシャ
第2章: サラ・ベルナールとの出会い
第3章: ミュシャ様式とアール・ヌーヴォー
第4章: 美の探求
第5章: パリ万博と世紀末
第6章: ミュシャの祈り


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ミュシャのチェコ人としてのアイデンティティーと作品の変化についての展示は、数年前に三鷹で見たミュシャ展が私の目を開かせてくれました。絵から伝わる祖国への強い想いを、息をするのも忘れて見たのを覚えています。

今回はミュシャ財団からのものが大部分で、時代毎ではなくテーマ別展示。ミュシャの人物像にスポットをあてるならば年代別に流れを見るのもよいのでは…と思いましたが、もしかしたらそれは以前のミュシャ財団の美術展(2004年、未見)の時に採用済だったのかもしれませんね。テーマ別展示でも初めて知るミュシャの様々な面が浮き彫りになっていて、とても興味深かったです。

ミュシャが好かれるのは確かに美女やアールヌーヴォーのモチーフなどに依るところも大きいとは思いますが、何より絵が上手いんですよね。デッサンにしても絵筆の運びにしても、彩色にしても。油画でもそう思いますが、習作を見ると更に明らか。紙に鉛筆と白のハイライトで描いた習作がたくさん展示されていましたが、その正確で綿密な線とともに、ここ!という場所に入れられた白のハイライトが見事。


そして、彼のその正確な描写を支えていた資料には写真も含まれていたのか、というのが今回の収穫の1つ。モデルさん(時に本人も)にポーズを取らせて撮った写真がたくさんありました。たぶん写真そのものにも興味があったのでしょう。二重露光でのセルフポートレート、鏡の中に奥さんをフォトモンタージュしたセルフポートレートなど実験的なものも。

アトリエや自宅で撮影されたものは、室内の様子にも興味津々でした。そういえばヤン・ヴォホチという画家が描いたミュシャのパリのアトリエの絵がありまして、その室内のゴージャスな事。パリでの大成功がこんなところからも伝わってきます。

私は全く知らなかったのですが、ゴーギャンとミュシャって交流があったのですね(発見&収穫その2)。ゴーギャンが写った写真も数枚ありました。中でもたぶん見た人全員に強烈な印象を与えたと思われるのが、ミュシャのアトリエでハーモニウム(リードオルガン)を弾く姿(ズボンを履かずにw イスに坐った背中のジャケットの下からシャツがちょろんと出ていて笑える)。

最初のタヒチ行きからパリに戻ったゴーギャンは、ミュシャにアトリエの提供を受けて一時共同生活を送っていたとか。そうなのか…。何となく、意外な組み合わせな気がします。この写真が撮られたのが1893-94年頃という事ですから、ミュシャが女優サラ・ベルナールの為に「ジスモンダ」ポスターを制作して大成功をとげる直前、という事ですよね。


今回展示されているミュシャの作品は、その1894年末の「ジスモンダ」以降のものがほとんどなのですが、それより前のものも何点か。第1章にあった妹さんたちを描いた肖像画2点、それと挿画の習作なども。圧倒的な筆力でした。この時代の絵を見てみたかったので嬉しかったですが、展示がテーマ別なので、意識して見ないとそれとわかりにくいかも。

前半はミュシャの代名詞ともいえるサラ・ベルナールのポスター、アールヌーヴォー様式の広告や商品パッケージなどが堪能できました。どれをとっても美しいデザイン。圧巻だったのは「演劇芸術のアレゴリー」という大きな絵。NYにあったドイツ劇場の室内装飾を任されたミュシャの、緞帳のための習作ではないかと言われているこの絵は、鳥のさえずりを聴く女が「詩」、腰に右手をあて堂々とした女が「演劇」、頭上にマスクを付けた女が「悲劇」、道化の衣装を着た男が「喜劇」を表しているのだとか。


中盤に登場する「装飾資料集」からの多数の習作も見応えあり。この「装飾資料集」はミュシャが若い世代の為に刊行した、ミュシャ様式の様々なデザインを収録したもの。たぶん今でもデザインやイラストを勉強している方たちに刺激を与えるものではないでしょうか。並べて展示される装飾フレームもそれぞれに美の極致で、習作でも全く引けをとらないのが凄いところですが、色が乗ったリトグラフの美しさにはため息ばかりでした。中でも日本初公開という「四芸術」をシルクサテンに刷ったサテン・エディションの独特の質感といったら…。

それと、とても好きだったのが「パリスの裁判」。これはヴィエマール印刷会社というところの万年カレンダーの図案に採用されたものだそうで、描かれた場面の美しさは特筆ものです(好みの題材だし)。絵の上部に印刷の過程、下部に印刷物を楽しむ家族の様子がそれぞれに古代ギリシャ調の黒絵で描かれているのも行き届いていて感心してしまいましたわ。世界初公開だという油画「花に囲まれた理想郷の二人」も美しい絵でした。


ミュシャが具体的にスラヴ民族の為にと舵を切るきっかけになったのは、1900年のパリ万博であったようです。オーストリア政府の仕事を請け負ったものの、準備のうちにスラヴ民族の複雑な問題を改めて認識し、帝国に支配された祖国の独自性すら失われた現状を思い…。なのにパリでオーストリア=ハンガリー帝国の為に博覧会の仕事を請け負う自分に苦悩し、その中でスラブの同胞の為に働く決意を新たにしていったのだとか。ミュシャがフリーメイソンに入会したのもそんな時期だったそう(今回の発見その3)。

アメリカ時代に描いた「百合の聖母」は格別の美しさ。チェコに戻ってからのミュシャの絵は、民衆の苦悩を分かち合い、勇気を与えるものへと変化していきます。素晴らしい油画が何点もありました。プラハ市民会館市長ホールの為の習作や下絵からは民族の誇りとミュシャの気迫がビシビシ伝わってきました。プラハの人達にとって象徴的な場所となっているこのホールの為の別の絵を三鷹で見たのですが、1度でいいから訪れて中を見せていただきたい場所です。

ミュシャのチェコ民族衣装のコレクションも何点か展示されていました。つまりはわざわざ集めないと消えてしまうアイデンティティーだったって事ですよね。人々に自らのルーツを忘れさせない為に、世界に知らしめる為に、ミュシャはチェコ人の歴史とスラヴ民族の歴史を「スラヴ叙情詩」という大作に仕立て上げる訳です。

ここでは習作のみの展示ですが、それでも圧倒的でした。最後の映像スペースで、この絵のインスピレーションのもとになったというスメタナの「我が祖国」よりモルダウが流れる中、「スラヴ叙情詩」全20点が紹介されています。1枚が6x8メートルの大作20枚などという連作、この目で見る日なんて来るのだろうか、、と呆然としてしまいたくなりますが、なんと2017年に全点東京にやってくるとか!凄いな日本…


どっぷり長い割にあまり具体的な絵の感想はありませんが(笑)、たっぷり堪能しました。新潟では8月11日まで、その後は松山・仙台・札幌と巡回するそうです。新潟のあと、愛媛まで2ヶ月ほど間があきますが、どこかご近所の国にでもツアーでしょうかね…。

ミュシャ財団秘蔵 ミュシャ展 パリの夢 モラヴィアの祈り
06/01-08/11 新潟県立万代島美術館
10/26-2014/01/05 愛媛県美術館
01/18-03/23 宮城県美術館
04/05-06/15 北海道立近代美術館


ミュシャ装飾デザイン集―『装飾資料集』『装飾人物集』
ミュシャ装飾デザイン集―『装飾資料集』『装飾人物集』

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