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2013/03/04

「生誕150年記念 クリムト 黄金の騎士をめぐる物語」展

■「生誕150年記念 クリムト 黄金の騎士をめぐる物語」展
2012/12/21-2013/02/11 愛知県美術館

何から書いたらいいか途方に暮れてしまい、手がつけられぬままでした。名古屋展は既に終了して次の開催地長崎での展示が始まっておりますが、1月の遠征はこちらが目当て。前期/後期で2回行く気満々だったのに後期しか行けなかったことが残念で仕方がありません。でも名古屋で1回は見られてよかった。おそらく名古屋でしか見られないものもあったハズ。少なくとも、名古屋では見られないものは存在したし(もちろん前期のみ展示のものも見られなかったし)。ということで、できたらあと1回は巡回先で見たいと熱望中。


構成は以下の通り。ざっくり3つの章立てではありますが、それぞれが濃密で見応えあり。
1. 闘いへのプレリュード - ウィーン工芸美術学校入学から分離派結成へ
2. 黄金の騎士をめぐる物語 - ウィーン大学大講堂の天井画にまつわるスキャンダルから「黄金の騎士」誕生へ
3. 勝利のノクターン - クンストシャウ開催から新たなる様式の確立へ


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タイトルが示す通り、愛知県美術館所蔵のグスタフ・クリムト「人生は戦いなり(黄金の騎士)」を軸に、とても上手く構成された美術展でした。この「人生は戦いなり(黄金の騎士)」という絵は、大スキャンダルに発展したウィーン大学講堂天井画の次に描かれたもので、クリムト自身の「独自の芸術を創造していく」という決意の表したものなんですね。

クリムトの油画を沢山並べた美術展ではありません。日本初公開を含む油画8点と多くの素描は、私が思っていた以上でしたが、ある時代のクリムトを象徴するような黄金や渦巻きを期待していると肩すかしをくらうかもしれません。でも、あの時代のウィーン芸術が好きなら、ウィーンに限らずともアールヌーヴォー/アールデコが好きならば間違いなく楽しめるでしょう。

なにしろ、クリムトの足跡を辿りながら「人生は戦いなり」というターニングポイントへ向かう緊迫感がひしひし伝わる展示のパワーが凄いのです。また、彼が中心となって設立した分離派の活動、そしてウィーン工房による美術と工芸の融和なども余すところなく伝えてられていて、当時のウィーン芸術やヨーロッパの芸術家達の交流を肌で感じられる事にもため息をついてばかりでした。濃密。

分離派展って、それまでのサロン型展示から一線を画した1テーマ展示(現在の企画展スタイルの元ですよね)のパイオニアだったんですね。知らなかった。


この美術展はウィーンが大きく変化する時の美術的側面を切り取ったものですが、その背景には当時のウィーンが再開発の真っ最中だった事がとても大きく影響していたのだ、というのが今回新たに得た視点。この点については美術展では(自明の事として)触れられていなかったように思いますが、数年前に現地で見た新旧のウィーン市内の模型など歴史を物語る資料やウィーンの街そのものと、この展示が「繋がった!」感がありました。

再開発とはすなわち、城壁を壊してリングシュトラーセ(環状道路)を作り、その通り沿いにオペラハウス、市庁舎、ウィーン大学、美術館、劇場などが相次いで建築され…現在見る事ができるウィーンの姿の基本がこの頃に出来た事になります。激動の時代だった訳ですよね。

だからこそ国による建築事業に飛ぶ鳥を落とす勢いのクリムトが参加する事もできたし、ウィーンの装飾美術がぐっと成熟する事にも繋がったのでしょう。もしこの再開発かクリムトの生年のタイミングが10年でもずれていたら、ウィーン美術の進化は違ったものになっていたかも…と奇跡のタイミングに感謝する事しきり。


前置きが長すぎますね(笑)。では展示について。こちらも相当長いです…スミマセン。

初期の絵ではなんと言ってもワズワース・アテネウム美術館所蔵「ふたりの少女と西洋夾竹桃」が素晴らしく、第1部の白眉かと。ちょうど美術史美術館の壁画を手がけていた頃の絵との事で、共通する画風を感じました。クリムトには珍しい横長のカンバスにラファエル前派の影響がうかがえる作風。左側に夾竹桃が花を咲かせ、中央に15世紀イタリア風の衣装をつけた美しい女性2人の横顔。二人の背後はすぐに壁で、女性の美しい表情、繊細な衣装、壁の装飾、そして夾竹桃のみずみずしさ(香ってきそう!)までもが細やかに描写されていて何とも美しい。

大学時代のデッサンは後のものと比べると、とても生真面目。そして素人目にも上手い。ブルク劇場天井画のエッチングも展示されていたのですが、これも唸る位素晴らしい。ああ、次は絶対ブルク劇場で本物を見たいわ…。個人蔵の油画「詩人とミューズ」はバロック的で他の絵と比べても異色だったけれど、当時の皇帝に優遇されていたハンス・マカルトの影響が大きいのだそう。


有名な第一回分離派展のポスターは検閲前後のものが。ここで初めてクリムトの芸術に物言いがつく、ということでいいのかな。各回の分離派展のポスターは単体ではあちこちで見ているけど、ずらっと並ぶと迫力があります。

コロマン・モーザーによる第13回分離派展のポスター(参考までに…ショップサイトさんですが。http://store.shopping.yahoo.co.jp/artposters/fm1499.html)はとても有名だけど、この3人ならぶ意匠はデザインだけの理由かと思っていたのですよね。でも今回それがウィーン分離派のロゴマーク「絵画」「彫刻」「建築」の3つの紋章を象徴する図案を模したものだと知った(笑)。だから、3つのモチーフ的なものが多いのね。

この辺りは昨年夢中になった「Katagami Style」的にも楽しめました。(ジャポニズムの影響を示唆する型紙、或いは着物などが展示されたコーナーもあり)


ウィーン分離派の機関誌「ヴェル・サクルム(ラテン語で聖なる春)」もたくさん!内容は分離派の活動や内外の芸術動向などで、クリムトの作品はもちろんの事、ミュシャ、クノップフ、モーザー、オットー・ワーグナー、トーロップ、チャールズ・レニー・マッキントッシュなどなど好みどストライクの人達だらけで、ガラスケースに顔をひっつけてガン見したくなるものばかり。後期分しか見られなかったので残り半分も見たいなぁ。

第1部の最後のパートには第4回分離派展に出展されたマクシミリアン・レンツ「ひとつの世界(ひとつの人生)」が。私好みの音楽的で幻想的な美しい絵です。そしてC.R.マッキントッシュ。ハイバックチェアと「芸術愛好者の家II」の美しいリトグラフにうっとり…この美意識がたまらん。妻のマーガレット・マクドナルド・マッキントッシュによる刺繍パネルは、トーロップのような女性の姿に絹のアップリケやビーズ、リボンなどが縫い込まれたもの。


第2部はハイライト。ウィーン大学講堂天井画のモノクロレプリカ、「人生は戦いなり」、そして同時期に制作された「ベートーヴェン・フリーズ」、その「ベートーヴェン・フリーズ」が展示された第14回分離派展も絡めて、この時期のクリムトの制作姿勢へと迫ります。レオポルトミュージアムの「アッター湖畔」に再会できたのも嬉しい事でした。

例のウィーン大学講堂の天井画は焼失してモノクロ写真しか残っていないのですが、それを原寸大に拡大した展示からも、クリムトの筆力が伝わります。残念ですけどね、モノクロのレプリカ…。でも残されたものから当時を推し量るにはこれしか手段がない。

ウィーン大学講堂の天井画のうち「哲学」「医学」「法学」をクリムトが担当したのですが、その絵は学問礼讃とは言えないもの。「哲学」「医学」と仕上げていくも「医学」に描かれた女性の裸体表現もあって大論争となったそうですが、確かにこれらはクリムト渾身の作品で今見ても相当なインパクトがあります。当時ならば大論争も必然だったかも…。

最後に仕上げた「法学」は、孤立無援になったクリムトの状況を反映したもので、「法」は人々を守るものではなく刑の執行人として描かれる厳しいもの。絵のスタイル的にもこの前年に制作された「ベートーヴェン・フリーズ」を思わせるもので、他の2枚ともまた違っていました。ホントに、実物が現存しないのが惜しくてなりません。並べて見たかったわ…


しかし今回の展示も3枚並んでいる訳ではありません。3枚並べて見たかったのでその点は少し残念でしたが、作品を発表するごとに巻き起こる批評の嵐やそれに負けず進める次の制作の準備という時間の流れクリムトの変化に重きを置いた展示は、緊迫感があって素晴らしい。

「人生は戦いなり」を描くにあたってのクリムトの入念な準備を思わせる展示もよかったです。例えば甲冑や剣の柄頭などといった細かいモチーフまでみっしり描き込まれた習作の完成度の高さには唸らされましたし、描かれた兜や甲冑と同じタイプのもの、影響を受けたとされるデューラー「騎士と死と悪魔」。絵に見られる日本の影響の例としての鈴木其一「秋草図」や蒔絵の硯箱など…

この絵の左、馬の足下には黄金の蛇がいます。これ、最初は高々と頭をもたげて立ちはだかったカタチで描かれていたのだとか。黄金の騎士をクリムト自身とするならば、この蛇は騎士の行く手を邪魔する者ということになりますが、相手にすることなく我が道を行く、という決意の表れという事なのでしょうね。


そして「ベートーベン・フリーズ」。この本物は今や門外不出のハズなので部分の写真パネルが参考展示されていました。これが展示された第14回分離派展については「マーラーが展覧会オープニングで自らの指揮でベートーベンを演奏した」という事だけが印象に残っていたのですが、実はマックス・クリンガーの彫刻「ベートーベン像」を中心に据えた展覧会だったとか。マックス・クリンガーってあの?!と驚愕してたら、やっぱりあのマックス・クリンガーでした。ひゃー私ったら無知にも程があるわ…と一人で赤面。

第14回分離派展に出品された椅子なども展示されていて、少しでも当時の空気を想像させてくれたのも善き事でした。


ウィーン工房による家具や食器、装飾品も素晴らしい事この上なし。コロマン・モーザー「虹彩ガラスのシャンデリア」好きすぎる。ジュエリーも、例えば正方形のブローチはとてもモダンなデザインかつプティフールのような楽しさと美しさがあって女性はみんな好きだと思う。


第3部。分離派を脱退したクリムトはオーストリア芸術家同盟を結成。第1回の「ウィーン総合芸術展」ではクリムトの1室が与えられ回顧展が開催される事になり、そこに初めて展示されたのが、かの「接吻」。のちに国の買い上げとなったこの作品により、クリムトは国とようやく和解…という事になる訳ですね。この美術展はクリムトの復権だけでなく、彼自身が見いだしたシーレやココシュカといった若い芸術家たちを世に出した場でもあったようです。

この時代のクリムトの習作はもう念入りな仕上げの為のものではなく、さささっと鉛筆を動かしてイメージを掴むような感じのもの。1枚印象的だったのが「若い女性の肖像」というボストン美収蔵の習作。髪がね、平面モチーフの集合体みたいな描かれ方なのに、全体で見るとちゃんと髪っていう。

油画は豊田市美「オイゲニア・プリマフェージの肖像」、個人蔵(リチャード・ナギ画廊)「リア・ムンクI」、そしてワシントン・ナショナル・ギャラリー「赤子(揺りかご)」。「赤子」は最晩年の絵ですよね。生と死をセットのように描いてきたクリムトが赤ちゃんだけを描いた絵。四角いキャンバスに三角形に重なった様々なテキスタイルの模様。その頂点に真っ白な産着に包まれた赤ん坊がこちらを見ています。


最後の最後に、非公開で見る事がかなわないストックレー邸の食堂に施された「ストックレー・フリーズ」を再現した一角があります。ここだけ写真撮影可なので撮ってみたんですけど、上手くは撮れず…。うん、まぁ少なくとも実物大の雰囲気は楽しみました。こんな食堂でお食事なんて、部屋から出て行きたくなくなりますな…(笑)。

広くて天井の高い愛知県美ならではの素晴らしい展示でした。ブラヴォ。図録も充実していて即購入。普段は買わないクリアフォルダも美しくて買ってしまいました。絵はがきも普段は「その美術展に出ていた中から気に入った絵だけ」ってマイルールがあるのですが、ウィーンで見たクリムトのも買っちゃった(まぁ例外として許せる範囲でしょ)。ただ、残念な事に夾竹桃の絵ハガキだけが品切れ中で!!!それが一番欲しかったのに!!と。(黄金の騎士も品切れ中だったけど、それは持ってるからさ)だからやっぱりあと1回どこかで行かねば、なのです。極めつけは本展の為に開発されたクリムトカレー(笑)。ウェスティン名古屋キャッスルとの共同開発とのことで、スパイシーで美味しかったですよ。夫も美味しいって言ってた(笑)。


コレクション展の方も相変わらずの見応えでした。中で一番好きだったのは、熊谷守一がずらっと並んだ木村正三コレクションのお部屋。この美術館に来ると、ホントに名古屋の人が羨ましくて仕方無くなります。今年の美術展も魅力的なものが目白押しで通いたくなりますわ…。


(美術展の感想って、その絵の画像を探してきてor絵はがきかチラシか図録からスキャンして 貼ったほうが分かりやすいとは思うんだけど、やっぱりちょっと私には出来ないかな…てことで毎度読みにくくてすみません)

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