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2012/10/08

「ドビュッシー、音楽と美術 印象派と象徴派のあいだで」

ブリヂストン美術館で10月14日(日)まで開催中の「ドビュッシー、音楽と美術 印象派と象徴派のあいだで」展に行ってきました。この展覧会、会期の最初の方からけっこう賑わっているという話だったのですが、いよいよ会期末が近づいてきたので平日昼間でも大盛況。帰る頃には列が出来てました。この連休は更に混んでいたらしいです。

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ブリヂストン美術館、パリのオルセー美術館/オランジュリー美術館との共同企画によるこの展示、日本に来る前にオランジュリー美術館で開催されていました。生誕150年のメモリアルイヤーである今年はドビュッシーの音楽を耳にする機会も殊更多いように感じますが、音楽家である彼を軸にした美術展というのはちょっと気を惹きますよね。

画家を縦糸に様々な文化を横糸に編み上げる美術展が多い中、縦糸にドビュッシーという作曲家を持ってくることで、自分の中でバラバラに知識として存在していた当時の芸術のあれやこれやが、パズルのピースを当てはめるように適所に治まっていく瞬間の快感!そんなものを感じさせてくれる美術展でした。

私の周囲を見渡してみると美術好きと音楽好きはけっこうな割合で重なっているように思うのですが、どちらか片方に比重をおいた人達にとっても面白い展示だろうと思います。音楽がテーマのところは曲を知らないともどかしいところですが、会場内でも音楽が流れるコーナーがありますし、オーディオガイドでも聴く事ができます。全て1900年代の貴重な音源を使ったもので、歌劇「ペレアスとメリザンド」第3幕「わたしの長い髪が」はドビュッシー本人の演奏!他にもラフマニノフ演奏の「子供の領分」も聴く事ができて耳も贅沢しました。


展覧会の構成は10章立て。

第1章:ドビュッシー、音楽と美術
第2章:《選ばれし乙女》の時代
第3章:芸術愛好家との交流−ルロール、ショーソン、フォンテーヌ
第4章:アールヌーヴォーとジャポニスム
第5章:古代への回帰
第6章:《ペレアスとメリザンド》
第7章:《聖セバスチャンの殉教》《遊戯》
第8章:美術と文学と音楽の親和性
第9章:霊感源としての自然−ノクターン、海景、風景
第10章:新しい世界


第2章でバーン=ジョーンズの「王女サブラ」やロセッティ「祝福されし乙女」習作などの別嬪さんに迎えられてうっとり、というのは予想通りだったのですが、隣のモーリス・ドニが私にとっては今回の大きな出会いでした。上の写真、エントランスに飾られたポスターもドニ(イヴォンヌ・ルロールの3つの肖像)が使われています。好きかどうかもまだ判らない「出会い」ですが、以後はこの画家に対して心の目が開かれる事でしょう…。

というのも、2010年のオルセー展にもドニの絵はたくさん来ていたのに、「セザンヌ礼讃」以外は見たことすら記憶から綺麗さっぱり消え去っていたという。先ほど図録をひっくり返して確認したら、その時と同じ絵が何枚か来ていました。そんなわけですから昨年から今年に掛けて日本を巡回していたドニ展にも私のアンテナには引っかからずスルー…。惜しすぎです。

2010年の時はまだ私の準備が整っていなかったのだと自分に言い聞かせるしかありませんが、何事も経験を重ねる事が栄養になるのだなと改めて。。自分の遅い開眼を恨めしく思うのは、F1、バレエに続いての事。絵画そのものは財力と時間と気力がありさえすれば再会を求める事は可能な訳ですけど、見逃した企画展の切り口で見ることは叶わないわけで…きっと今現在もそうやって気付かずにいる出会いがたくさんあるのでしょうけど、食わず嫌いせずになるべく広く足を運びたいものだと改めて思ったのでした。。。と、話がズレました。


ドニとドビュッシーは、彼らを支援していたルロールを介して知り合ったそうです。ルロールの娘たちがピアノをひく様子を描いたルノワールの絵は、この展覧会のメインビジュアルになっています。同じピアノをひく妻を描いたルロールの絵も展示されていましたっけ(前述のドニを使ったエントランスのポスターもルロールの娘がモデルですしね)。このオランジュリー美術館所蔵のルノワールによる絵は、現地で見た事もしっかり覚えてました(笑)。ルロール姉妹の後ろの壁に、ドガの絵と思われるバレリーナの絵と馬の絵がかかっていたのが印象的だったのですよね。

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2010年パリ旅行の時にオランジュリーで雀さんが撮影した、その絵です。


だいぶ長くなってしまったので(その割に肝心な事は何1つ書けていない気が…)急ぎ足で。
ジャポニズムの影響はこの時代の芸術家なら大なり小なり受けていると思うのですが、ドビュッシーも例外ではなく。「海」の楽譜表紙が北斎の「冨嶽三十六景」神奈川沖浪裏が使われているのは知っていましたが、ドビュッシーが身の回りにおいたであろうジャポニズムの品々を並べたコーナーは新鮮でした。ここに飾られたホイッスラーの絵画なんて、まんまジャポニズム。ルロールのお嬢さんに送ったという、ドビュッシーによる楽譜の書き込み付きの日本の扇子も表裏両方見られるようになっています。

他にもドビュッシーの肉筆を確認できるものが多数あるのですが、とても読みやすくてバランスのよい字を書く人だなーと。誰かに読まれる事を前提としたものだからかもしれませんが、それにしても。いろいろなジャンルの芸術家たちとの交流、その感化を作品にした事、そしてサロンでピアノを弾く様子の写真などから、対人関係と創作活動が干渉しない、バランス感覚の優れた人だったのだろうなーと想像してしまいました。実際ドビュッシー本人の事ってほとんど知らないに等しい私…ちょっと何か読んでみますかね。


「牧神の午後」を踊るニジンスキーの写真(複製)と、ニジンスキーの振付のインスピレーションになったであろうギリシアの壺のモチーフ。そしてそれに続く舞台芸術の為のデザイン画は興味深いところ。中でもバクストの「遊戯」の為のデザインにはイマジネーションをかき立てられました。もう1点展示される予定だったバクストのデザイン画が出展取りやめになったのは、とても残念…。

そして象徴派ですよ。この辺りになると年配のお客さんはお疲れになってスルーされたりするので、私は逆にじっくり見られてよかったですけど。ルドンは最初はあまりピンと来なかったけど、いろいろ見るうちに好きになった画家の1人。どこがって説明はできないんですけどね…。ここには、急遽出展となったブリヂストン美術館所蔵のモロー「化粧」が飾られていまして、その前が空く度に戻っては鑑賞…(笑)。

私にとって最大の収穫は、カミーユ・クローデル「ワルツ」をガラスケース越しとは言え間近にじっくりと見られたことでしょうか。音声ガイドや館内表示には特に記載が無かった気がするけど、クローデルとドビュッシーは一時期交流があったんですよね。この「ワルツ」はその頃作られた…というような記憶が。クローデルのこの作品はとても音楽的ではあるけど、流れているのはドビュッシーの曲じゃないなーとも…。


常設も2室分確保されていて、お馴染みのルノワール「すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢」などにもご対面。今回は音楽関連の展示だったせいなのか、常設でもラウル・デュフィ「オーケストラ」に目がいきました。舞台上の奏者たち自身が音符となって響き合っているかのよう。藤田の「巴里風景」は何だか他の藤田作品とは印象が異なりますね…。この辺もう少しよく知りたいかも。

割と最近収蔵された岡鹿之助《セーヌ河畔》カイユボット《ピアノを弾く若い男》(こちらは企画展示の方で)にもありまして、カイユボットのこの絵も妙に惹きつけられる絵でしたね…。


ドビュッシーの生きた時代のフランスはサロン文化の盛んな頃でもあったでしょうし、そんな交流から刺激受けて生み出された絵や音楽同様に当時の風俗というか空気感も伝わってくるようで、この時代がどんぴしゃな私はとても楽しかったです。

10月14日(日)まで、東京のブリヂストン美術館で。ぜひぜひ。

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